【割烹おおさき】へようこそ

ようこそお越しくださいました。当店の言の葉で、どうぞごゆっくりお楽しみください。

なんとかなるし、なんとでもなる。

どうも昨日はお騒がせしました。
 
・・・いやいや、少しの応援だけの予定が申し訳ありません。
・・・あ、左様でございますか、ありがとうございます。アイツも喜ぶかと思います。
 
 
お口直しに、今日はとうもろこしをご用意いたしました。
中津川のとびきり甘いとうもろこしが入りましたので、素揚げで少しだけ熱を加えて。お好みで岩塩をつけて、どうぞ。

例年なら8月に採れるはずのものが、この時期にようやくここまで甘いものが出はじめました。今年は空梅雨で、夏は雨が多くて日照時間が短かった影響でしょうか。

お天道さまのご機嫌は、われわれにはどうにもならないものです。

今日はそんな空梅雨の時期の言の葉を。

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入梅したとたんに続く晴天。
乾いた紫陽花は心なしか寂しげだ。

やはりこの薄紫色のグラデーションの花には、
小さな命のような雫がよく似合うように思う。

水不足や穀物の心配もしてしまう。

けれど、朝夕涼しく傘のいらないこの気候が、
もう少し続いて欲しいとも思う。

人のこころはいつも紫陽花のようにグラデーションだ。

空梅雨も、長雨も、ただ在るだけ。

きっとすべては必然で、完璧で、
無駄なものは何一つなくて。

なんとかなるし、なんとでもなる。
 

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2017.6.14
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空梅雨も、長雨も、雨の多い夏も、そこに意味はありません。それに水不足の心配や、梅雨らしさや、過ごし易さといった、いろんな感情を貼り付けているのは、私たち自身です。

空梅雨の紫陽花を見て、
 
やはり雨に濡れる方が美しいと思うのも、
水不足の心配をするのも、
高い湿気よりも過ごし易いと感じるのも、

全てはそれを見ている私たちのこころです。

そしてそのこころは、紫陽花の花の色のように日々グラデーションを彩ります。秋の空のように日々移り変わる、そのグラデーションの中で私たちは外の世界を見ているのかもしれません。

けれど、

その紫陽花は、ただそこに咲いているだけで、

その雨も、ただしとしとと降っているだけで、

その雲も、ただ形を変えながら流れていくだけです。


そんな風に、ただそこに在るものを受け入れることができたら、

きっとなんとかなるし、
なんとでもなる。
 
そう思えるようになるように思います。
 
なんとかなるし、なんとでもなる。
一昨日の「Good Riddance」と同じように、素敵な言の葉です。

どうぞごゆっくりおすごしください。