大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

日々の八寸

言えなかった言葉と、癒えなかった傷

言えなかった言葉たちの裏には、 どうしても愛してほしかった自分がいる。 暗い部屋の中で膝を抱え、虚ろな目をしている私。 暗い闇の中で、差し出される手に悪態をつく私。 欲しいものが手に入らず、癇癪を起こして床をのたうち回る私。 彼らを封印して仮面…

「痛み」について

「痛み」について。 「痛み」は、最初はある特定の事象への反応として現れる。 愛する者との別離。 打ち砕かれた青い夢。 周囲からの無理解と批判。 子どもの治らぬ病。 もう戻らないあの美しい時間。 届かなかった胸の奥底の想い。 ・・・それらは悲しさと…

返歌。

自分の中で思い出したくもない宿痾のような光景を、 10月のおわりに衝動に駆られて書き殴った。 kappou-oosaki.hatenablog.jp 周りの善き人の好意を、ずっと受け取れなかった話だ。 多かれ少なかれ、ずっと私は周りから受け取ることを拒否してきた。 いま…

サービスエリアとソフトクリーム。

朝から一人になりたかった。 そんな日がときどきある。 寂しがり屋だが、一人の時間も私にとっては非常に大切だ。 要は天邪鬼なのだろうが、ストレングス・ファインダーの資質の8位に「内省」、9位に「社交性」と相反するような資質が近くにいるのが、それ…

それはそれとして。

歯医者に口を開けているとき、 ただ時間が早く過ぎるのを我慢するだけだ。 実は本当に痛くて怖いのは、 長く待たされる待合室の時間なのかもしれない。 = 「痛み」の中にいるとき、不思議と痛みは感じない。 「痛み」に限らず、自分の感じていることを理解…

砂を噛むように、夢を見よう。

手厚く負けたときこそ、胸を張るように 砂を噛むようなときこそ、夢を見よう。 2018年11月30日、特急しらさぎに揺られて描いた私の物語を、ここに残しておこうと思う。 図らずも「ギフト」の月、その最後の日だった。 どう生きたいのか。 ひいては、…

Don't think !! FEEL !!!!

チャック・スペザーノ博士の名著「傷つくならば、それは愛ではない」の写経を、まだしぶとく続けている。 だいぶ億劫にもなってきたが、せっかくなのであと1ヵ月書き切って1年間完走したいと思う。 今日はその一節に、なるほど!と考えさせられることがあ…

「嫌われる勇気」私論 ~書くことへの覚悟

「他人から嫌われる」ということは、2つのパターンがあるように思う。 一つは、自分が自分のことを嫌いで、それを他人に投影しているパターン。 もう一つは、純粋に他人が自分を嫌っているパターン。 その上でなのだが、自分に正直に生きていくほど、どうし…

インプットとアウトプットのパラドックス

不思議なもので、1日複数記事をエントリーするようになってから、書きたいことが多くて整理しきれない。 「断酒」と「The Artist's Way(邦題:ずっとやりたかったことを、やりなさい。)のワーク」と日々のチャレンジが増えたことが、もちろんあるのだが、…

夢と内省のあいだ

夢を叶えるためには、行動するということ。 それは思い描いたあの場所へ、虹の架け橋を描き具現化すること。 行動するためには、結果への期待を捨てるということ。 期待すればするほど、望まない結果が出たときに動けなくなる。 結果への期待を捨てるために…

それがベストだったんだ。

今日も2本目の更新にありつくことができた。 書けるかどうか分からないけれど、とりあえず「書き始める」。 文章の構成もオチも考えていないけれど、とりあえず「書く」。 トートロジーだが、「書く」ことの秘訣は「書く」ことなのだろうと思う。 内容と構…

夜なればこそ。

夜なればこそ。 きらびやかなイルミネーションが映えるのも、夜だから。 昼間の明るさの下では、それは映えない。 影があるから、光が存在できる。 光あればこそ、影ができる。 陰陽。 マイナスと、プラス。 いいことばかり起きることを願うよりも、 望まな…

「自己受容」と「自己実現」の関係はトレード・オフなのか?

「自己受容」、すなわち今のままの自分を受け入れること。 「自己実現」、すなわち何かを変えて現実化すること。 いろんな文脈で、そのいずれもが重要だと語られる。 けれど、そこで語られる内容は相反する内容に見えることが多い。 私はずっとそれが腑に落…

「靴磨き」は自分を大切にする習慣だと気づいた件

靴磨き。 外から帰ってきたときに、サッとブラシをかけて、クリームの付いた磨き布で靴を軽く拭く。 時間のあるときには、擦れたりしたところに靴墨を塗る。 朝、靴を履いたときの何とも言えない充足感が心地よい。 今まで気が向いたら磨く、くらいしかして…

いつか、また会える

休日の昼下がり、息子と「自転車ドライブ」に出た。 秋の風が頬を抱くのが、心地よい。 同じ気温の春先とは違う心地よさ。 あちらはこれから徐々に気温が上がっていくという一種の「暑苦しさ」があるのだが、この時期の急須に入れた緑茶が冷めていく自然な心…

ただただ、自分を信じること。

昨日のエントリーの続きで、「信じる」ということについて。 「信じる」ということは、人生の前提をつくる。 昨日は満月だったけれど、欠けてもまた満ちると信じるのか、欠けるともう戻らない、と信じるのか。 人は簡単に信じると裏切るから、信じてはいけな…

「何を信じるか」というのは人生の前提をつくり、それは選べる。

「何を信じるか」ということは、その人の人生の前提をつくる。 大切なのは、何度でもそれは選び直すことができるということ。 = 「信じる」というと大げさに聞こえるけれど、それこそ人は自分の信じる前提の中で生きていると言っていい。 それは、宗教のよ…

親、という人生のキーストーンについて

「私の両親は幸せな人生を送った」 と信じられることが、 「その両親から生まれた私も、幸せな人生を送ることができる」 と信じられることにつながる。 両親の人生を肯定する、という事と 自分の人生を肯定する、ということは同義だ。 = まだしぶとく私が毎…

なぜ、男は泣いてはいけないと言われるのだろう。

もう平成も終わろうとするご時世の中で、だいぶ薄れてきてはいると思うが、 なぜ一般的な社会通念として、 男性は強くなくてはならない 男が人前で泣くのはみっともない 男だったらうじうじするな というような価値観が今まであったのだろう。 それは「交通…

「なくなる」という強固な思い込みに気づいたお話し

何十年ぶりかに訪れた「お菓子の城」は、いろんなことを思い出させてくれた。 愛された記憶や、父や母の存在や、家族という暖かな感覚や・・・ それを思い出していて、また違った気づきがあったので、今日はそのことについて綴ってみたい。 どうも私は、「何…

ストラディバリの全盛期は60歳を超えてからだった

朋あり遠方より来る、 ではないが、先日旧友が出張で名古屋を訪れるとの連絡があったので、久しぶりに酒を飲み交わした。 せっかくの機会なので美味しい肴をつつきながらいろいろと話したのだが、まあ御多分にもれず、深酒してしまった。 旧友とは不思議なも…

ブログが書けなくなってきたので、なぜ書いているのか内省してみる

ここのところ気分が落ちていることもあって、ここでブログを書くのが億劫だ。 かろうじて毎日更新は続けているが、自分の中で何とか取り繕っている感がある。 わざわざ気分が乗らないときに書くことが、いいのかどうかは分からない。 「書きたくない」から「…

自分を愛するということ、価値を伝え続けるということ

気づけば、来年が親の十七回目の年忌の年だった。 あと数年もしたら、今生で一緒に生きられた時間よりも、亡くしてからの時間の方が長くなる。 酷い別れがあると、人は寂しさと悲しさを感じないように、我慢して生きるようになる。 その寂しさと悲しさと向き…

その唯一無二かつ天下無双の才を、ナメてんじゃねえ。

イライラしてイライラして、何かに対して無性に腹が立つとき。 オロオロして、オドオドして、まごついて自信がなくなってしまうとき。 一見して正反対のように見える二つの感情は、実は合わせ鏡である。 表面上に見える感情と、内面に抑えつけて沈んだ感情は…

「答え」は自らの内側にしか、ない。

「答え」は自らの内側にしか、ない。 苦しいときほど、すぐに「答え」が欲しくなる。 困ったときほど、明確な「答え」を欲してしまう。 しんどいときほど、原因となる「答え」を見つけて解決したくなる。 けれど、どんなにその「答え」が魅力的で、完璧で、…

ときに選択はコイン・トスのように

究極的には、とその方は呟くように言った。 「コインを投げるように、人生を決めていい」 その方は続けた。 「むしろ、コインを投げるように、生きた方がいいんだ」 たしかにそうだよなあ、と思いながら、 そう言って、その方が指で弾いて宙に舞ったコインを…

自己確信の恩恵、そして愛について

葛藤を経て、自己確信を深めるごとに、分かることがある。 どれだけ嘆き、苦しみ、悲しみ、投げ出し、暴れても、 その先に、わたしはわたしを見る。 あぁ、またここに戻ってきた。 心の中にある原初の風景に、何度でも戻る。 戸惑い、傷つき、立ち止まり、引…

それが私の生きる道

「自分の道を歩く」 とは、何も真っ直ぐキラキラした道ばかりを歩くことではない。 真っ直ぐのときもあるけれど、私の道はときに曲がりくねって、ときにオバケが出て、ときに分かれ道があったりする道だ。 因果なもので、こうしてたくさんの情報に触れること…

「自己確信」という果実は、「葛藤」を肥料にして

多くの場合、葛藤というものは、 自分の中の価値観と新しい価値観がぶつかるときに起きる。 今まで後生大事に抱えていた価値観が揺さぶれらる大問題が起きることもあれば、 なんとなく違和感を覚えるようになることもある。 「AかBか」という選択の葛藤のよ…

なんだお前、もうやめちまうんか。

なんだお前、もう毎日書くのやめちまうんか。 大して才能もねえくせに、たかだか1年続けたくらいで、やめるんか。 あのな、才能ってのはな、弱冠10歳でソロリサイタルに立って絶賛されちまうヴェンゲーロフみてえなのを言うんだよ。 そのヴェンゲーロフに…