大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

心から大切な人を想うとき、人はどんな言葉を紡げるのだろう。

心から大切な人を想うとき、

人はどんな言葉を紡げるのだろう。

大切な人にかける言葉を選ぶのに、

いつも逡巡する。

メールなり手紙なりの最後に、

その人のことを大切に想う気持ちを伝えようとしたら、

どういう言葉を書いたらいいのだろう、と。


 
よい日になりますように
 
よくなりますように
 
うまくいくといいね
 
いいことがありますように
 
「うまくいく」「いいこと」「よいこと」・・・
それを「私が」判断することの愚かしさに、

いつも指が止まってしまう。

「塞翁が馬」の故事ではないが、
この世界はすべてひとつなぎの糸でできているように思う。

それがねじれたり、よつれたり、よじれたりしながら、美しい糸を紡いでいる。

天にも舞い上がるほどに浮かれたようなことが、
あとから振り返ると階段を降りるサインだったり、

心をばらばらに打ち砕かれてしまうようなことが、
実はその後の人生の大きなギフトになったり、

そんな経験は、誰にでもあるのではないだろうか。



物憂げな春の陽気があり、夏の気怠い暑さがあり、
秋の寂寞とした夕暮れがあり、張り詰めた冬の朝の空気がある。

それはこの瞬間も留まることなく、流れていく。
そこに「うまくいく」も「よい」も「いい」も、ない。

秋の空の美しさの下で、冬の寒さを気にしだすと、
とたんにその空の色が色褪せる。

ここに未来を持ち込むと、
とたんに葛藤と不安を招き入れることになる。

秋の月の輝きの下で、焼けるような夏の
陽射しに悩むことはできない。

それなのに、ここに過去を持ち込むと、
とたんに後悔や苦悩、不満の窓を開けることになる。

その人の未来の大きな成功も栄光も、
その人の過去の小さな挫折も失敗も、
大切な人を想うときには要らないように感じる。

その人の最も素晴らしく魅力的なのは、
等身大のいまこの瞬間なのだから。



あなたのことを、大切に想っています。

心から、大切なあなたのことを祈っています。

あなたが平穏と静寂の中で祈れるように、私は祈っています。

大切なあなたへ、祈りとともに。

私はいつもどんな言葉が相応しいのか迷い、逡巡する。

そうこうしていると、やはり単純に、

ありがとう。

が一番伝わるような気もしてくる。



心からその人のことを想うとき、

 

人はどんな言葉を紡げるのだろう。

 

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いびつな器を愛でるように、いびつな自分を。

先日、作陶体験をした愛知県陶磁美術館を再訪した。

その際のエントリーはこちら。

 

kappou-oosaki.hatenablog.jp

 

あれから1ヶ月、焼きあがった陶器を引き取りに訪れたのだ。

 

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その際につくった作品がこちら。

 

お茶碗と小鉢を作ったつもりだったのだが、はたして焼き上がりはどうだろうか。

焼き上げの工程で、割れたりしていないだろうか。

 

何か学生のときの試験の結果の発表のような心持ちで、瀬戸市へと向かった。

 

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訪れた日は師走らしい寒さの日だった。

空を厚い雲が覆っていた。

 

雲のかたちは、いつ眺めても飽きない。

ただ一瞬として同じかたちの瞬間はなく、いつ眺めても私の心をいまこの瞬間に引き戻してくれる。

 

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少し肌寒いくらいだったが、作陶館へ向かっている途中で陽が差してきた。

逆光で眺める雲もまた、趣深い。

 

先月訪れたときは紅葉真っ只中で、足元には落ち葉がびっしりと積もっていたように記憶していたが、この日はすでに綺麗になくなっていた。

 

遠くに見る山も、枯野の装いに変わっていた。

ほんとうに、季節が移ろうのはあっという間だ。

 

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道すがらには、南天の実がなっていた。

小さな赤が、色彩が乏しくなった冬の景色に映える。

 

冬を感じながら、作陶館に着いた。

受付に引換証を出して、番号を確認してもらう。

 

ドキドキする中、見つけた私の作品がこちらだった。 

 

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焼きあがった二つの器。

こうして実物を前にすると、何だかこそばゆいような感じがするのは、なぜだろう。 

 

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織部の方は、お茶碗にするつもりだったのだが、縮んでしまったと思うくらいに高さが足りず、小鉢の方が使えそうだ。

 

いびつな外形も、織部釉薬を塗って頂いて焼きあがると、それなりに見えるものだ。

 

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もう一つの方は小鉢のつもりだったのだが、こちらは逆に高さが高くなり過ぎた感がある。

湯呑み茶わんにするのが、ちょうどいいくらいのような気がする。

 

縁の厚さが不均一なのが「はじめての陶芸」の感があるが、それもまた味になるのだろう。

 

いずれにしても、自分で捏ねた土がこんな風に形になると、ずっと愛でていたくなる。

普段使いでどんどん使っていきたいな、と思った。

 

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せっかくなので、先月も訪れた茶室でお茶をいただくことにした。

窓から見える冬の風景が、侘しさを感じさせる。

 

「和」の風景というと、なぜか「冬」との相性がいいような気がするのだが、なぜなのだろうか。 

 

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茶室までの道で咲いていた山茶花・・・だと思うが、いつも椿と間違えるので自信がない。

 

あえて冬のモノトーンの時期に赤い花を咲かせるのは、なぜなのだろう。

色とりどりの春に咲くよりも、その赤色は鮮やかで美しいように思う。

 

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茶室で供されたお菓子は、椿をモチーフにした上生だった。

花鳥風月を種とする和菓子は、ほんとうに美しい。

 

断酒をしてから、甘いものがほんとうに美味しく感じる。

こしあん、最高。

  

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お薄をいただく。

器はこの近辺出身の作陶家の作品だそうだ。

 

上生で口に広がった甘みが、「きゅっ」と凝縮する。

思わずため息が出る瞬間。

美味しい。

 

焼きあがった陶器を引き取りながら、

ゆったりとした時間を過ごすことができた。

 

それにしても下手もいいところなのだが、

自分の作った器というのはいいものだと思った。

どれだけ形がいびつだろうと、そのいびつさをまた愛でたくなるのだ。

 

一緒にお薄を飲んでいた子どもたちもそうだ。

完全な形になどならなくていい。

 

ただそのままで、どこまでも愛しいのだ。

 

翻って考えるに、私自身もそうだったのだろうか。

 

どれだけ不出来で癇癪を起こして悪態をついて中指を立てたり、

その逆でどれだけ落ち込んだり傷ついたり病んでいようと、

 

絶え間なく、

いつも愛されていたのだろうか。

 

いや、きっとそうだったのだろう。

そしていまも、そうなのだろう。

 

いまこの瞬間に、お薄を飲んでいることが、

ほっと息を吐いて、そして吸っていることが、

その心臓が絶え間なくビートを刻んでいることが、

 

その証拠なのかもしれない。

 

それは私のみならず、この目に映る山茶花もお薄も茶器も雲も虫たちも、

何もかもが、そうなのではないだろうか。

 

それらはすべて、作陶家なのか神さまなのか分からないが、

 

愛をもってつくったのだろうから。

 

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息子が余った土で作った招き猫。

何と味のある表情だろうか。

 

この目に映るものは完璧で、何も加えることも引くことも必要ないのかもしれない。

 

1ヶ月にわたるアーティスト・デートは、いろんな気づきを与えてくれた。

 

日々いびつな器を愛でるとともに、私を愛でようと思う。

いびつで傷だらけで、不完全で未完成な、この私を。

 

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見てくれ、この脚! ~1975年 阪神3歳ステークスに寄せて

平成の競馬ブームの立役者がオグリキャップなら、

昭和のそれはハイセイコーである。

 

残念ながら、私はいずれもその両馬の走りをリアルタイムで見ることは叶わなかった。

 

初めて見た三冠馬ナリタブライアン

 

1994年秋、淀の直線を独走する彼を、関西テレビの杉本アナが「10年ぶり!10年ぶりの三冠馬!」と実況していたのを思い出す。

 

その10年前、1984年の三冠馬シンボリルドルフ

さらにその前年にもミスターシービーが三冠を取っていた。

 

ハイセイコーが走ったのはさらにその10年ほど前、1970年前半だった。

2018年の今年からすると、もうすでに四半世紀近くも前。

 

平成も最後の年の瀬に書き残しておきたいと思ったのは、そのハイセイコーの走った1970年代の後半を彩った、流星の美しい栗毛の名馬である。

 

その生涯全てが、私が生まれる前のお話し。

けれどもその優駿の発した熱は、時代を超えて私が競馬を見始めた1990年代まで燻っていた。

 

 

 

1952年、京都で伝貧(馬伝染性貧血)と呼ばれる感染症が競走馬の間で大流行した。

多くの馬が命を落とし、また感染防止のために隔離、殺処分の憂き目に遭うことになった。

 

11勝を挙げて名牝の誉れの高かった、「クモワカ」と呼ばれる一頭の牝馬もまた、その伝貧に感染したとして殺処分の命令を行政から受けていた。

しかし名牝を殺すにしのびなかった関係者は、ひそかにクモワカを殺処分したことにて北海道の牧場に匿った。

 

殺されたことになっていたクモワカは、奇跡的に全快してカバーラップⅡ世との間に仔を産んだ。

 

その仔の名を、ワカクモという。

 

関係者は死んだことになっていたクモワカを偽名で登録し、産まれたワカクモを血統登録しようとしたが、偽名が明らかになってしまいワカクモの血統登録は裁判で争われることになった。

 

当時の新聞を賑わせたと伝えられるこの事件は、最終的にはクモワカの再検査などを経て、その仔・ワカクモの血統登録が認められることになった。

 

ワカクモは名牝であった母の血を引く素晴らしい素質を開花させ、桜花賞を勝つなどの活躍を見せる。

 

そんな数奇な運命をたどったワカクモが引退したのちに、コントライトという種牡馬との間に一頭の仔が産まれた。

 

その栗毛の仔馬は、「将来出世して、新聞の10ポイント活字で記事に載るような馬になるように」という願いを込めて、

 

テンポイント

 

命名された。

 

殺処分になるはずが、北の大地で生き延びた祖母・クモワカ。

幽霊の仔と呼ばれながらも、桜花賞を勝った母・ワカクモ。

 

そんな数奇な運命の糸を紡いで産まれた、テンポイント

額の立派な流星と、美しい栗毛で見る人を惹きつける優駿であったという。

 

栗東は小川佐助厩舎に入厩した彼は、デビューからその才能を開花させる。

 

8月の函館での新馬戦を、鹿戸明騎手を背に2着に10馬身、1.6秒の大差をつけて圧勝。

2走目は11月の京都のもみじ賞に出走したが、これもまた2着馬に9馬身差、1.5秒の大差をつけて、影も踏ませず圧勝。

 

関西に、すごいのがいるらしい。

 

競馬の世界で西高東低と言われて久しい(最近はそうでもないが)が、この1970年当時は圧倒的に関東馬優位の時代だった。

そんな時代に関西から出てきた、スター候補。

 

そんなテンポイント陣営が3走目に選んだのが、「阪神3歳ステークス」だった。

 

1970年代当時は東の中山と西の阪神で、それぞれ3歳チャンピオンを決めるレースが行われていた。

 

その後1991年に中山が牡馬・せん馬限定、阪神の方が牝馬限定の競走となり、

2001年に「朝日杯フューチュリティーステークス」と「阪神ジュベナイルフィリーズ」に名称を変更、

2014年に朝日杯の方も阪神で開催に変更と、ややこしい経緯をたどっている。

 

テンポイントはそんな関西の期待をその栗毛の馬体に背負い、阪神3歳ステークスに挑んだ。 

 

 

www.youtube.com

 

3コーナーで少し前進に手間取るも、4コーナーに入る前あたりから外を回って進出してくる、流星の美しい栗毛の馬体。

 

直線を向き、大外を伸びてくるテンポイント

内で必死に食い下がる逃げたゴールデンタテヤマ

 

しかし競り合いになったのも直線半ばまでで、そこからはテンポイントの躍動する四肢から繰り出される脚色は、他馬とは全く異なる力強さだった。

 

冒頭のナリタブライアンの三冠も実況した杉本アナによる、力の入った声が飛ぶ。

 

見てくれ、この脚、見てくれ、この脚!

これが関西の期待、テンポイントだ!

 

独走のゴール、2着には7馬身差、1.1秒の大差。

 

3度目の圧勝で、テンポイントがいよいよ翌年のクラシックの主役へと名乗りを挙げたレースであった。

 

その後、「流星の貴公子」と称されたテンポイントは、「天馬・トウショウボーイ」、「緑の刺客・グリーングラス」という最強のライバルたちとともに3強を形成。

 

「TTG」と呼ばれる一時代を築いていく。

 

それは、

ハイセイコーが巻き起こした昭和の競馬ブームが去った後であり、

そして、

オグリキャップが平成の競馬ブームに点火する前のお話し。

 

語り継ぎたい、流星の貴公子の若き日の雄姿。

 

 

朝日杯フューチュリティステークス

阪神・芝1,600m。

平成最後に見ておきたい若駒の末脚が、そこにある。

 

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言えなかった言葉と、癒えなかった傷

言えなかった言葉たちの裏には、

 

どうしても愛してほしかった自分がいる。

 

暗い部屋の中で膝を抱え、虚ろな目をしている私。

 

暗い闇の中で、差し出される手に悪態をつく私。

 

欲しいものが手に入らず、癇癪を起こして床をのたうち回る私。

 

彼らを封印して仮面を被れば被るほど、

 

「癒えなかった」傷は、いつしか「言えなかった」言葉になる。

 

 

感情的な人が苦手だった。

 

怒りも、喜びも、悲しみも、寂しさも、

ストレートに表現する人が苦手だった。

 

自分が感情を感じることに許可を出していないから、

感情豊かな人たちに嫌悪感を感じる。

 

どうしても言えない言葉があった。

 

「寂しいから、また会いたい」

 

それは、絶対に言ってはいけない言葉だった。

 

言ってしまったが最後、今生で会えないということを実感してしまうから。

 

絶対に口にしてはならない。

 

それは、

せっかくいままで海中深くに沈めた檻に閉じ込めた凶暴な「あの怪物」に、

わざわざ食糧と武器を与えて野に放つようなことだから。

 

放ったが最後、もう捕まえることは絶対に不可能だから。

 

わずかに残った仄かに暖かな私の魂を、

どんな無茶な酷使にも耐えてきたこの身体の臓腑を、

蹂躙され無残に食い尽くされる。

 

だから、その言葉を言ってはならない。

 

「あの怪物」を野に放ってはならない、絶対に。

  

孤独

 

という名の、その怪物を。

 

 

誰しもが、固く閉ざした心の奥底にその怪物を抱えている。

 

その怪物を解き放つ禁じられた呪詛は、人によって千差万別。

 

もうげんかいですがんばれません

おかねをもっとください

わたしだけをみてください

だめなわたしでもゆるしてほしい

なかなおりしよう、いままでごめんね

いままでありがとう、さよなら

 

自分の周りのざわざわする言動、

無性に腹が立つもの言い、

自分とは縁がないと思える言葉に、

 

その呪詛は隠れている。

 

その言葉を言ったときに、怪物を野に解き放ったときに、

湧いてくる感情が、ある。

 

助けてくれなかったら、どうしよう

嫌われたら、耐えられない

寂しくなるのは、もうイヤだ

誰からも相手にされなかったら、悲しい

私にはそんな価値なんか、ない

 

見るも恐ろしく、できれば関わりたくない怪物たち。

 

けれど、怪物だと思いこんでいたのは、

巣穴の中で「癒えなかった」傷を舐めて臆病にうずくまっている、

私の影だった。

 

「癒えなかった」傷がつくる影の私。

 

 

人は、本当のところ、その傷ついた私を無条件で愛したいと願っているのだ。

 

凍える真冬に暖房もつけず、

暗い部屋の片隅で膝を抱えて、

かちかちと奥歯を鳴らしている、

髪の毛もぼさぼさで、

風呂に入る気力もなく、

茫然と虚ろな目をした、

 

あのひどい私を愛したいと思っているのだ。

 

そんなあなたでも愛しているよ、と伝えたいのだ。

あなただけを愛しているのよ、と与えたいのだ。

そんなに頑張らなくてもいいのよ、と諭したいのだ。

あなたが背負っている罪を降ろしてもいいのよ、と許したいのだ。

ここにいるから寂しくなんかないのよ、と抱きしめたいのだ。

 

癇癪を起こして泣きわめいて、周りを一杯困らせても、

母の胸で気が済むまで泣じゃくって、抱きしめてほしいのだ。

 

いつの日だったか。

どこでだったか。

 

思い出すこともできないけれど、

人はきっとその真逆の経験を重ねて、

 

「癒えなかった」傷をつくる。

 

おそらくそれは、愛を学ぶために。

 

 

 その感情と対峙すると、人はまた愛されていた場所を思い出す。

 

ネガティブな感情を抱いたとき、

人の許せない言動を見たときは、

自分の中のどす黒い蠢く魔物に出会ったときは、

 

きっと大きなチャンスなのだ。

 

かくれんぼや缶蹴りに誘うように、その影の私の手を引こう。

 

私が一緒にいるから、大丈夫だよ 

何が怖いのかな?

寂しくなっても、私がいつもついているよ

あなたの素晴らしさを、私はずっと見ているよ

あなたは何をしていても愛されているのよ

 

歴史上の最も偉大な人物と邂逅するように、

その影の私に声をかけよう。

 

もしもあなたが夕闇の訪いを怖れるのなら、

私は足元を照らす明るい言葉の松明か灯篭になってあげよう

 

もしもその目に涙が溢れたら、

私が優しい言葉のハンカチになって拭ってあげよう

 

もしもあなたの上に心無い言葉のような冷たい雨が降ったなら、

あなたが濡れないように私は暖かい言葉の傘になろう

 

もしもあなたの前に渦巻く濁流が現れたのなら、

わたしは言葉の舟を浮かべてあなたを対岸に送ろう

 

もしもあなたが自分の価値を信じられないなら、

一晩でも二晩でもその素晴らしさを語ってあげよう

 

ぎこちなく気まずい儀式を乗り越えて、

影の私と一緒に遊ぼう。

 

光しか見ようとしなかった自分に、

その裏側にある影の私が本当に欲しかった言葉をかけてあげよう。

 

 

お父さんに立派になったって言ってほしくて、

お母さんに心配かけたくなくて、

お父さんに褒められたくて、

お母さんに怒られたくなくて、

お父さんが一人で寂しそうでいてほしくなくて、

お母さんが訳もなく不機嫌になってほしくなくて、

お父さんにがっかりさせたくなくて、

お母さんに笑顔でいてほしくて、

 

ずっと何もしてあげられなかった後悔ばかりで、

ずっと何も返せなかったという罪を背負って、

 

それでも、

 

それでも、

 

大好きだった。

 

大好きだった。

 

愛して、いた。

 

 

寂しさとは、人の生きる理由なのかもしれない。

 

「言えなかった」言葉を、

「癒えなかった」傷をずっとひとりで舐めているあの影の私に捧げよう。

 

光が差すところに、影ができる。

 

その影をつくっていたのは、

 

もしかしたら、

 

ずっと守ってきてくれた人たちの愛かもしれない。

 

角度を変えて見れば、その傷も愛の一部なのだ。

 

影の私と無邪気に遊んだ分だけ、世界はまた愛おしくなる。

 

影の私が童心にあふれた笑顔になった分だけ、世界はまた優しくなる。

 

影の私が悲しさにあふれた顔を見せた分だけ、世界はまた美しくなる。

 

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ふっくら牡蠣を炊く技法に、一期一会を想った日。

昨日に引き続き料理のエントリー。

 

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立派な牡蠣を頂いたので、これをどう料理しようか悩む。

ちなみに殻付きのセルガキも一緒に頂いたのだが、あっという間に殻だけになってしまい、写真を撮るのを忘れてしまった。

 

カキフライもいいし、牡蠣飯もたまらないし・・・

 

いろいろと調べたりして思案したのだが、今回は少し長く楽しめる「時雨煮」にすることにした。

 

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ざる付きのボウルに牡蠣を入れ、塩を振る。

牡蠣200gに対して、塩大さじ1の割合。

こう見ると、結構塩が多めに見える。

 

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ざるを揺すってぬめりを取る。

身を崩さないように、やさしく、やさーしく・・・

 

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ある程度揺すったら、流水で塩を落とす。

流水の下で、揺すりながらぬめりと汚れを落としていく。

 

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牡蠣の他の材料は、生姜のみ。

皮を剥いてみじん切りに。

 

料理をしていると、生姜は臭み消し、消毒、殺菌、食欲増進、身体にいい諸々の効果という5ツールプレイヤーだと思う。

古くはケン・グリフィーJr.から、いまならマイク・トラウトか。

 

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鍋に醤油、酒、みりん、砂糖を入れて煮立たせたのち、生姜と牡蠣を入れて中火にして1~2分。

 

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牡蠣が少しぷっくりとしてきたら、玉じゃくしを使って牡蠣を引き上げる。

ここでも身を崩さないように、やさしく、やさしく。

 

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サルベージした牡蠣は、ザル付きのボウルに入れて出番待ち。

ボウルに滴った煮汁は、もう一度鍋へ。

 

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煮汁だけで煮立たせて、だいたい半分くらいの量になるまで煮詰める。

濃厚ないい香りがあたりに漂う。

 

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煮汁が半分くらいに煮詰まったら、再び牡蠣を入れて少し煮る。

くれぐれも、固く炊き過ぎないように火加減に注意。

 

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また牡蠣を引き上げ、煮汁を煮詰める。

これを3回ほど繰り返す。

 

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3回目。

キレイな絵面ではないが、いい具合に煮詰まってきた。

 

この牡蠣をすくって煮汁を煮詰めるレシピを知ったときは、衝撃だった。

だから、美味しい時雨には柔らかいのに牡蠣に味がしっかりついているんだ、と。

 

昔読んだ、辻調(辻調理専門学校)の創始者辻静雄氏の半生を描いた「美食礼賛」(海老沢泰久さん著)の中の一節を思い出した。

 

かなり前に読んだので、うろ覚えではあるが、若き日の辻氏が、和食の勉強のため大阪・高麗橋吉兆に通い詰めていたときのこと。

お吸い物のハマグリが、ことのほか柔らかくて美味しい。

 

しかし実際にその味を再現しようとしてみると、これが実に難しい。

 

ハマグリに火を通す時間が短いと、

ハマグリは柔らかいが、出汁に旨味が足りない。

 

火を通す時間を多くすると、

濃厚な出汁になるが、ハマグリが固くなってしまう。

 

どう料理しても、吉兆のあのお吸い物の味にならない。

 

ついに辻氏は吉兆にその魔法の種明かしを聞く。

その魔法は、「出汁を取るハマグリ」と「食べるハマグリ」を分ける、というものだったという。

 

つまり、ハマグリから旨味を出し切った出汁に、柔らかく煮た別のハマグリを添えて出していたのだ。

 

マジックと同じで、タネが分かってしまえば何のことはない。

 

けれどそこまで一つのお皿にこだわり、召し上がるお客様との一期一会に懸けるという、吉兆の受け継いできた和食の奥深さが垣間見えるこの場面が、私は好きだ。

 

一杯のお茶に至るまで、このお客様にお会いする最後であるかのように、一期一会、全身全霊を懸けなさい、というのが、吉兆の創業者の湯木貞一氏の想いだったのではないかと、こういう話を聞くと思う。

 

結局のところ、料理でも何でも、全ては「いまここ」なのだ。

 

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さて、最後は強火で汁気を飛ばすように、煮汁を牡蠣にからめて完成。

 

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牡蠣の時雨煮、できあがり。

いい色合いで美味しそうにできた。

 

ご飯のおともに少しずつ冬の滋味を頂くとしよう。

 

 

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クツクツ煮える「おでん」を眺めながら、「好き」について考えた日。

ものごとを抽象化してみるということは、結構大切なことのように思う。

 

自分の嬉しかったこと、楽しかったこと、ワクワクしたこと・・・

そんな出来事を抽象化してみると、自分の心の琴線という目に見えないものが具体的になってくる。

 

たとえば、学生のときに吹奏楽の部活で、出場したコンクールで賞を取ったことが嬉しかった経験があったとする。

 

その経験が、「なぜ」嬉しかったのか、「何が」楽しかったのか、それを突き詰めていくと、自分が「楽しい」「嬉しい」と感じることが具体的に分かってくる。

 

仲間と一緒に濃密な練習の時間を過ごしたのが楽しかったのか、

コンクール本番の緊張感の中で演奏するのが楽しかったのか、

自分の努力が賞という目に見える評価になったことが嬉しかったのか、

コツコツと練習して自分の技量が上がるのが楽しかったのか、

演奏した曲が大好きだったのか、

それとも演奏する楽器そのものに惚れていたのか、

 

「好き」を分解していくと、いろんなポイントに分かれていく。

 

そのポイントは一人として同じことはなく、十人十色、千差万別である。

 

しかし、自分のポイントを分かってくると、今度はそのポイントが体験できるものをどんどん追い求めることができるようになってくるように思う。

 

 

さて、私は美味しいものを食べることも好きだが、料理をすることも好きだ。

 

好き、といっても簡単な料理をする程度ではあるが、先週末は急に寒くなってきたので、おでんをつくってみた。

 

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美味しいおでんの基本は、美味しい出汁から。

いい昆布出汁が取れていると、それだけで満足できる。

 

おでんの主役は、昆布だとひそかに思う。

 

少し刻んで、水に浸して30分。

美味しくなーれ。

 

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もう一つの主役のゆで卵をつくる。

固ゆでにするために、沸騰してから15分ほどクツクツと煮る。

 

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こんにゃくも下茹でして、三角に切りそろえる。

あんまり切り揃っていないのは、気のせいである。

 

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そしてこれも主役、大根。

輪切りにして厚めに皮をむき、十字に隠し包丁を入れ、面取りをする。

 

面取りは皮むき器ですることを覚えたら、格段に早くできるようになった。

文明の利器バンザイ。

 

切りそろえたら、大きめの鍋で下茹で。

 

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そしてこちらも主役、牛すじ肉。

ネットでこの牛すじ肉を使ったおでんのレシピを見つけてから、これを煮込むようになったが、いい出汁が出るんだ。

 

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牛すじ肉を一口大に切っているあいだ、フライパンにお湯を沸かす。

 

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牛すじ肉投入。

灰汁が出るが、気にせずにグツグツと茹でる。

 

10分ほど茹でたら、このままシンクへ持っていき、お湯を流す。

流したら、ぬるめのお湯を入れて肉を揉み洗いする。

 

これを3回ほど繰り返し、お湯が濁らなくなったらざるにあげ、水分を切る。

 

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ぴかぴかの牛すじ肉を、竹串に刺していく。

固い肉も時間をかけるほどに美味くなるのは、人間関係と同じか。

 

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昆布がいいころ合いになったので、火をつける。

沸騰する前に昆布を引き上げ、鰹出汁を引く。

 

黄金色の液体。

これだけで酒が呑めそうだ。断酒中だけど。

 

関係ないのだが、出汁を「引く」という表現は素敵すぎる。

 

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引いた出汁に、醤油、酒、砂糖、塩を適量入れ、牛すじ串を煮込む。

ポコポコと鍋底から気泡が上がるくらいの火加減で、1時間ほど。

 

途中で表面に浮いてくる脂をすくうと、透き通った出汁になるのでがんばる。

 

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1時間ほど煮たら、大根、たまご、こんにゃくを入れて、さらにもう1時間煮る。

クツクツ、クツクツ・・・

 

途中で具を崩さないように、鍋底にいる具と表面にいる具を入れ替えながら煮る。

 

ここで一晩寝かせると、味がしみ込んでたまらなく美味くなる。

 

食べる前に、練り物を入れて温めて、出来上がり。

 

 

料理が好きな人にもいろいろな人がいると思うのだが、私は「料理をさらに美味しくつくる」ことを研究する方向には、あまり興味がないようだ。

 

だから「美味しい料理をつくる腕」という意味では、あまり上がっていかないのかもしれない。

 

その代わり、レシピを再現することや、その工程をいかに効率的に作業するか、いかに作業しながら片づけをするか(料理の完成と同時に洗いものも終わって片付いている、といのが私の美学だ)、ということに面白さを感じる。

 

先にお湯を沸かして、それと並行して材料を切って、このボウルを洗って・・・

 

そんな段取りを考えながら遂行するのが、どうも楽しいらしい。

 

「食べる」ことと「つくる」ことの違いなのだろうか。

 

そんなことを考えながらクツクツと煮るのは、楽しい時間だった。

 

料理はいい。

また時間を見つけて、料理をしよう。

 

 

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断酒日記 【39日目】

さて、断酒も1か月を無事に越えた。

昨日も旧知の方と会食だったので居酒屋に入ったのだが、私はノンアルコールビールとウーロン茶で済ますことができた。

 

さすがに目の前で生大(中ではない)を見ると喉が鳴ったが、ノンアルコールビールでうまくやり過ごすことができた。

 

ノンアルコールビールは、アルコールへの欲求を揺り起こしてしまうので、断酒には逆効果の場合がある、という話も聞くが、こと私の場合は大丈夫なようだ。

 

たいていノンアルコールビールを2本も飲むと、アルコール欲がおさまる。

 

そのご一緒した方は、以前のよく飲む私のことをご存知だったので驚いかれていたが、他にもその方の周りに断酒をされている知人がいるそうで、興味深くお話を伺っていた。

 

ただ、その知人の方は3年辞めてから、飲酒を再開したそうだが・・・

 

私の場合も、断酒がストレスになってきたら、また再開すればいいくらいに考えているので、それくらいの緩さでいいのだろう。

 

 

さて、そんな断酒1ヶ月だが、ここに記しておきたい変化点が二つ。

 

一つは、妙に「甘いもの」への欲求が増えたこと。

 

これは意外だった。

 

私は甘いのも辛いのも両方大丈夫なのだが、お酒を飲んでいたときは、どちらかと言えば「辛い方」に惹かれ、「甘いもの」は好きだけれどそれほど積極的に摂ろうとすることはなかった。

 

それが、どうも断酒をしていると甘いものが欲しくなるようなのだ。

 

以前は買わなかったチョコレート菓子などを間食してみたりするし、「強烈に甘いおしるこ」がなぜか食べたくなったりするなど、断酒の影響なのか、今までにない行動パターンをするようになった。

 

おかげで体重が増加気味なので、困りものだ。

 

以前に禁煙したときに、口が寂しくてガムやアメなどをよく食べていたことはあったが、「身体が甘味を求める」というのはあまり経験がないので、不思議に感じれている。

 

これが継続的に続くものなのか興味深いものだが、甘味という人生の快楽をまた一つ見つけることができたのかもしれないな、と捉えようと思う。

 

 

もう一つは、なぜか睡眠が不足すると翌日身体に堪えるようになったことだ。

 

いつもの私の睡眠時間は6時間から7時間の間なのだが、

睡眠が6時間を切ると、如実に翌日の午後に影響がでる。

眠くて頭が働かず、ぼんやりする時間が増えるのだ。

 

6時間で、ギリギリか若干寝不足に感じるくらい。

 

7時間寝ると、だいぶスッキリして翌日の寝起きが快調で朝から気持ちいい。

 

7時間半以上寝ると、けっこう翌日別世界が見られる。

体調がびっくりするくらい、いい。

 

これは結構自分の中で実感できていて、夜更かしも楽しいのだが、それ以上に翌日朝からフルパワーで動ける方が楽しいという発見があった。

 

気づくと布団の中で本を読んだり、スマホをいじったりして時間が過ぎてしまうので、寝るときは何も持ち込まない、という習慣づけをしたいと思う。

 

お酒を飲むと、どうしても睡眠が浅くなる。

 

肝臓は深夜残業になって疲れるし、よく眠ったように思っても寝不足に感じることがあった。

 

もしかしたら、私は慢性的な睡眠不足になっていたのかもしれない。

 

睡眠の質が上がったことで、「寝不足」を自覚できるようになった、というのが私の仮説なのだが、どうなのだろう。

 

このあたり、

「迷子になっていた子どもが、親を見つけるとギャン泣きする」

「親知らずを抜いたときの麻酔が切れるとのたうち回る」

「癒しが起こると痛みを自覚できるようになる」

というような構図と似ているような気もするが、どうなのだろうか。

 

 

そんなことを考えながらの断酒だが、今のところ続いている。

 

また変化があったら、ここで報告したいと思う。