大嵜 直人のブログ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

会いたい人に、会いに行く。

心の声に耳を澄ませる、ということ。

 

わがままになってみる、ということ。

 

好きなものを好きと言う、ということ。

 

そして、

会いたい人に会いに行く、ということ。

 

「旅」というものが最も大きな自己投資の一つであるように、

 

会いたい人に会いに行くというのは、

最も自分を大切にする行為の一つであると思う。

 

 

ということで、昨日は西野亮廣さんの講演会を聞きに、三重県まで。

 

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絵本「えんとつ町のプペル」で号泣して以来、西野さんのブログオンラインサロン

でその活躍を拝見しては、勇気を頂いている。

 

生で西野さんのお話を伺うのは初めてだったが、その熱量の才能と努力には圧倒された。

 

会場に掲示されていたこのパネルにうるうるきてしまった。

 

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うーん、このパワーワード

両親との別離が人生のキーストーンである私にとっては、何度「えんとつ町のプペル」を読んでもやられてしまう。

 

お話しの内容については、改めてまとめてみたいと思う。

 

やはり自分の価値観の範疇の外にいる人に会って話を聞くのは、世界を広げてくれる。

 

 

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季節がめぐる、という癒しについて

人の思考というものは、気候に大きく影響される。

 

日照時間が少なくどんよりとした気候が多いところで、

楽天的で単純明快な思考にはならないだろうし、

 

年中サングラスをかけたような太陽が顔を見せる地域で、

陰鬱な哲学は発達しないだろう。

 

いっぽうで、四季がない亜熱帯のような地域に住んでいる人の話で、

 

年がら年じゅう同じような気候なので、

記憶がいつのものか分からなくなる、

 

ということを聞いた。

 

そういえばあの記憶は、何月の出来事だったのか・・・という具合に。

 

霞がかった空、桜の淡い色、埃っぽい東風、

薫る風、新芽の力強さ、

蝉の声、焼けるような陽射し、

鈴虫の音、ススキの匂い、

にぎやかな月、透き通った空の色、

凍てつく空気の触感、かじかむ耳の痛み、

鍋の煮える音、寂しい夕暮れ、

 

どの言葉にも、その風景を補完する記憶が浮かんでくる。

 

人の記憶や思考は、気候や四季と深く結びついている。

 

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日に日に秋が深まっている。

 

朝日の昇る方角が少しずつ冬の位置に近づいてきているし、

少しずつ木々の葉も色づき始め、

錦秋という言葉がよく似合う季節が近づく。


朝、家を出るとひんやりとした空気が肌を覆うのが気持ちよく、

なかなか半袖から衣替えできずにいる。


見上げれば、秋らしく透き通った青空と何かが通ったような一本線。

 

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足元には、土色の蛙が跳ねていた。

 

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冬ごもりの準備は進んでいるのだろうか。

 

日に日に気温が上がっていく「小満」の節気は、

よくも悪くも急き立てられるような感覚を覚えることがある。

 

けれど、この秋の深まりというのは、

湯を沸かした薬缶が時間とともに冷めていくように、自然で心地よい。

 


少しずつ、それでいて確実に閉じていく世界。

 

夏から秋へ。秋から冬は。昼から夜へ。

 

動から静へ。陽から陰へ。

 

生から死へ。

 

一歩ずつ、一歩ずつ季節の螺旋はめぐっていく。

 

その螺旋に、人は一つずつ記憶を刻んでいくのだろう。

 

今日も、季節はめぐる。

 

戻らないように見えるそれは、

大きな癒しのようにも見える。

 

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なぜ、男は泣いてはいけないと言われるのだろう。

もう平成も終わろうとするご時世の中で、だいぶ薄れてきてはいると思うが、

 

なぜ一般的な社会通念として、

 

男性は強くなくてはならない

男が人前で泣くのはみっともない

男だったらうじうじするな

 

というような価値観が今まであったのだろう。

 

それは「交通ルールを守りましょう」、「街をきれいに」というような標語のように、現象面は逆だからなのかもしれない。

 

 

ここのところ家族や両親のことを思い出して、感情が揺れて涙を流すことがあった。

 

「涙を流す」というのは私はいいことだと思っていて、心の奥底に溜まっていたいろんなものを洗い流して、浄化してくれると感じる。

 

映画館で大泣きした帰り道は、なぜかとてもすっきりしているように。

 

「泣くこと」というのはとても大事で、それを無理やり抑えこんで押し込んでいると、身も心も硬直してどこかに無理が出てくる。

 

女性に比べて感情に疎い男性の方にとって「泣くこと」はなおさら大切なように見える。

 

こんなところで泣くのは、男らしくない

泣くのは弱いから、だから我慢しないといけない

泣いたらどこまでも依存してしまいそうで怖い

 

というような観念があって、なかなか泣けない男性は多いように思う。

 

かくいう私も、両親との別離のあとの15年くらいの間、ほとんど泣いた記憶がない。

 

それだけ感情を切っていた、ということなのだろう。

 

泣ける、ということは「自分に正直になる」ということだと思う。

そして、「正直な人」を周りは放っておかないとも思う。

 

 

さて、そんな大切な「泣くこと」を、なぜこれまで男性は禁じてきたのだろう。

 

それは逆説的ではあるのだが、実際は男性の方が弱いから、なのではないだろうか。

 

20世紀後半に飛躍的に研究が進んだ遺伝子工学・分子生物が明らかにしたのは、生命はまず「XXの女性」として産まれ、そこから特殊な遺伝子を持つ者のみが「XYの男性」につくりかえられる、ということだった。

 

「XYの男性」は生命本来の仕様からカスタマイズされたいびつな生物であり、「XXの女性」に比べて脆く弱い。

 

世界のほぼすべての地域において、男性よりも女性の方が平均寿命が長いことが、それを端的に表している。

 

男性の方が、ストレスや環境の変化や外的要因に弱く、すぐに疾患を発症するのだ。

 

そんな「脆いXXの男性」が社会の中で優位な地位を占めいてたのが、これまでの社会なのだろう。

 

それが行き過ぎると「競争」や「分離」というものが激しくなり、収拾がつかなくなるのだろう。

 

そもそもが脆くて弱い男性と、生命の基本仕様である女性。

 

どれだけ虚勢を張っても、背中のチャックを開けると女性以上に女々しくてうじうじ湿っているのがオトコ。

どれだけ可憐なお姫さまでも、メイクの下は男性以上に果断で勇気があって44マグナムを隠し持っているのがオンナ。

 

実際にはそうなのだから、それを隠すために「男は強くなくてはいけない」という社会的通念が生まれたのかもしれない。

 

もう無理して虚勢を張ることもないのだ。

 

自分一人ででも、泣くことを許可できた男性こそ、強いのだから。

 

 

21世紀は女性性の時代、統合の時代だと言われる。

 

2度の世界大戦まで引き起こすほどに「競争」や「分離」といった男性性が極まった20世紀から、その揺り返しなのかもしれない。

 

その揺り返しが中庸なところで止まったとき。

 

そのとき、はたして男性はどんな役割を担うようになるのだろうか。

 

カカア天下で尻に敷かれる夫なのだろうか。

 

イクメンや草食系男子という語が表現する像だろうか。

 

巫女にかしずく神官、というのが今の私のイメージに近いのだが、はたしてどうだろうか。

 

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「なくなる」という強固な思い込みに気づいたお話し

何十年ぶりかに訪れた「お菓子の城」は、いろんなことを思い出させてくれた。

 

愛された記憶や、父や母の存在や、家族という暖かな感覚や・・・

 

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それを思い出していて、また違った気づきがあったので、今日はそのことについて綴ってみたい。

 

どうも私は、「何かがなくなってしまう」ことを極度に恐れるようだ。

 

「なくなってしまう」ことは実は思い込みで、何もなくなったり失われたりすることはないかもしれないのに。

 

 

「お菓子の城」を訪れた際に、2階のある通路に張り紙がしてあった。

 

「この先は老朽化のため、閉鎖させて頂きました」

 

その先は砂糖細工で世界の名所や民族衣装や、名古屋近辺の立体地図を表現した展示がしてある広いコーナーだった。

 

おぼろげながら幼い頃にこの城を訪れたことを思い出した私は、その表示を見たときに

 

ずきん

 

と胸が痛んだ。

 

いま思い出しても「老朽化のため閉鎖」という言葉が、胸を衝く。

 

そんな話は全国のテーマパークでいくらでもあるのだろうけれど、私にとって昔訪れたこの場所の一部が失われたことは、なぜか身体の一部を失うような喪失感を覚えた。

 

思い返してみれば、今回ばかりではない。

 

故郷の風景が変わってしまったときや、昔遊んだ場所がなくなってしまったとき、喪失感を覚えるのは誰にでもあると思うのだが、どうも私はその喪失感が人一倍強いのかもしれない。

 

それは、二十歳過ぎに両親を立て続けに亡くしたことで、「何かを失う」ことへの怖れをことさらに強くしてきたのかもしれない。

 

大切なものがなくなる、という悲しみ。

失ったものは二度と戻らない、という怖れ。

 

大切な何かを失って傷ついた経験があればこそ、そうした悲しみや怖れは強くなる。

 

もうこれから、あんな辛く悲しい経験をしないようにしよう。 

そんなふうに思うことは、自然な心の防衛本能であると言える。

 

けれども過剰な防衛本能は、私たちの心身を硬直させる。

 

もう失わないように、何も得ないようにしよう・・・

失うことが怖いから、もっと守りを固めよう・・・

別れることが悲しいから、出会わないようにしよう・・・

借金が怖いから、もっと貯金しなければ・・・

 

自然な反応は、いつしか気づいた時にはそんなふうに私の身体を重たく縛る鎖になってしまっていたのかもしれない。

 

愛情にしても、出会いにしても、お金にしても、

それを縛ろうとした瞬間に色を失い、手の中で灰色になっていく。

 

出したり入ったり、循環するから新鮮さを保って新しいものが入って来るのに、「なくなる」「失う」怖れは、そうした循環を止めてしまう。

 

 

ここで、

「別れの悲しみ」よりも、「出会いの喜び」にフォーカスしようとか、

「ないもの」よりも、「あるもの」を見つめようとか、

「執着する」よりも、「手放し」しよう、

 

と捉えて、思い込み・ブロックを外していくこともできるとは思うのだが、今日は少し違った考えをしてみたい。

 

いったい、私たちの身の回りで「なくなる」ということはあるのだろうか、という問いである。

 

ほんとうに「なくなる」ということなど、

あるのだろうか?

 

もっと言ってしまえば、

「ある」ということも、幻想なのではないか?

 

「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」

「生生流転」

 

の世界観ではないけれど、すべては流れていくのがこの世の常であり、「ある」という感覚は一つの錯覚のような気もする。

 

それは文学的な冗長な世界観のようでいて、量子力学でも同じようなことが言われているように見える。

 

ミクロの世界において量子の存在が「確率」でしか表現できないように、「ある」ということもあやふやで不確かなものなのではないか。

 

だとするなら、「なくなる」「うしなう」ということも起こりえないとも考えられる。

 

時間、お金、愛情、故郷、友情、大切な人・・・

 

ひょっとしたら、それらは「あるように見えてない」、「ないように見えてある」というぼんやり不確かな状態が、その正体なのかもしれない。

 

 

あるようでない

ないようである

 

ある、ない。得る、失う。

二元論で生きている限り、その振り子に振り回される。

 

けれど、ほんとうのところはそのどちらも同時に存在しているのではないだろうか。

 

ただ確かなのは、

私の頭上には青空が広がっていた、ということだけだ。

 

それはきっと、何十年か前に小さな私が手を引かれていた、

あの日と同じように。

 

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忘れるということは、思い出すためにあるのかもしれない 〜愛知・犬山市「お菓子の城」訪問記

 

小さい頃の記憶を鮮明に覚えている人と、割とそうでもない人がいる。

 

小学生くらいの頃に友達と話したやりとりを詳細に覚えている人もいれば、自分が浸かった産湯のタライの金具の色を覚えているという人の話も聞いたこともあるが、私は後者の方だと思う。

 

人に比べて、小さい頃の記憶が薄いように思う。

 

家族や友達と話したことだったり、
どこかへ行ったことだったり、
誰かと遊んだことだったり、

小学生前後の幼い頃の記憶が薄いのだ。

 

友人と話していると、よくそんな小さい頃の話を鮮明に覚えているなぁ、と不思議になることがある。

 

そして、昔のことをあまり覚えていないのはなぜだろう、と真剣に考えてみたこともある。

 

もちろん考えてみたところで、そんなことに原因など分かるはずもないのだが。

 

けれど、最近になって「忘れる」ということは、私にとってそうする意味があるから、忘れているのではないかと思うようになってきた。

 

「忘れる」とは、必要なときに「思い出す」ために能動的にしていることなのではないだろうか。

 

 

愛知県は犬山市にあるテーマパーク、「お菓子の城」を家族で訪れた。

 

www.okashino-shiro.jp

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城内でドレスに着替えることができたり、手づくりクッキーを焼く体験ができたり、娘は大喜びしていた。

 

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着いてから気づいたのだが、ここは「タマゴボーロ」で有名な竹田本社株式会社(旧・竹田製菓)が運営している。

 

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竹田製菓といえば、「日本一の投資家」として称された故・竹田和平氏が創業した会社。

 

人気コンサルタントの本田晃一さんも薫陶を受けており、和平さんの教えを綴った本を出版されている。

 

竹田本社の工場内では、録音された保育園児の「ありがとう」の声を流していることで知られ、出荷までに100万回の「ありがとう」を製品に聴かせることがパッケージにも記されている。

 

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私はドレスを着て大喜びした娘を見て、懐かしいタマゴボーロを食べていた。

 

ずっと城内に流れていた「お菓子の城」のテーマソングは、耳から離れなかった。

 

 

www.youtube.com

 

アーチをぬけて メルヘンの園

真っ白なバルコニー お菓子の城

だから今日は ガラスの靴で

幸せ探しの 夢主人公

 

不意に私は思い出した。


あぁ、私は以前にここに来たことがある。

 

親に手を引かれて来たのだろうか。

 

私一人を連れてくるとは考えづらいし、やはり姉と一緒に来たのだろうか。

 

姉は、今日の娘のようにはしゃいでいたのだろうか。

 

今日と同じように晴れていたのだろうか。

 

細部は思い出せないが、私はここに来ていた。

 

見返りのない愛とともに。


人の心の内には、必ずほのかに暖かな愛が眠っている。

 

ともすると、すぐにその周りに傷や痛みに目を向けがちなのだけれど、必ず眠っている。

 

そこではすべてが許されるし、何でも受け入れることができるし、何とかなるから大丈夫と信じることができる。

 

私が幼い頃のことをあまり覚えていないのは、もしかしたら「愛」の層から「痛み」の層に抜け出してしまったときに、思い出すために忘れているのかもしれない。

 

そう考えると、「忘れる」というのは受動的なものではなくて、能動的な行為なのかもしれない。

 

大切なものは、全て胸のうちに。

 

きっと、この心臓の鼓動の音のうちに。

 

思い出すために、私は忘れていたのかもしれない。

 

 

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城内の1階には、和平さん発願と書かれた「天意像」が飾られている。

 

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希望と慈愛の光を燦々と降り注ぎ 歓喜する天意を表現しました。
天を内に秘めている私たちも 天意を生きるとき至福となります
あなたが 天意を生きられますように 祈念いたします

2000年8月吉日 発願 竹田和平 彫刻 池田宗弘


和平さんの祈りが、大きくなった娘に降り注ぐよう、祈ろうと思う。

 

そして願わくば、そのときにも「お菓子の城」があのテーマソングとともに娘を迎えてほしいと思う。

 

帰ってきて城内で焼いたクッキーを頬張ると、「タマゴボーロ」と同じ香りと甘さの味がした。

 

懐かしい、愛された味だった。

 

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ストラディバリの全盛期は60歳を超えてからだった

朋あり遠方より来る、

 

ではないが、先日旧友が出張で名古屋を訪れるとの連絡があったので、久しぶりに酒を飲み交わした。

 

せっかくの機会なので美味しい肴をつつきながらいろいろと話したのだが、まあ御多分にもれず、深酒してしまった。

 

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旧友とは不思議なもので、どれだけ時間が空いても昨日も会ったかのような空気で会えるから不思議だ。

 

そして昔話ではなくて、今興味を持っていること、やりたいことを話して聞くのは何より楽しい。

 

まあいつも通り泥酔していた私のこと、会話の多くは翌日にはきれいさっぱり忘れているのだが、一つ盛り上がった話があってスマホのメモにも残っていた。

 

弦楽器の名器と呼ばれる、ストラディバリウス。

 

17~18世紀にイタリアのクレモナでアントニオ・ストラディバリとその二人の息子たちが製作したヴァイオリンをはじめとする弦楽器は、現在では億を超える値がつくことも珍しくない。

 

そのアントニオ・ストラディバリは若くして弦楽器の製作者としての名声を得ていたが、彼の作品のなかでも素晴らしいのは60歳を超えてからのものだそうだ。

 

彼の作品の中で傑作といわれるのが、彼が60歳を超えた年代に製作されたものが多いとのこと。

 

ストラディバリのような天才の話をそのまま聞くのもおこがましいのかもしれないが、誰もがまだまだこれからなのかもしれない。

 

まだまだ、これからかもしれない。

焦らず、くさらず、おごらず。

これから、まだまだ。

 

そんなことを思わされる、旧友との一席だった。

 

まだまだ、これから。

 

 

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「秋華賞」に寄せて、ウマフリさんに寄稿させて頂きました。

日に日に空は高くなり、ひんやりとした朝晩の空気に、秋の気配を感じるようになりました。

 

一年で最も気候のいい季節になりいました。

 

同時に、お馬さん好きにとってはたまらない季節です。

 

今日は3歳牝馬の3冠最終戦秋華賞

 

その想い出に寄せて、ウマフリさんに寄稿させて頂きました。

初めて私がリアルタイムで見た三冠馬の生と死を感じさせる、20年前の秋華賞の思い出を。

 

www.uma-furi.com

 

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